BGMはtaitai studioさんよりお借りしています。





外へ出かける



 −−−「前はあのように堂々とは笑わなかったな。」
 サトシは、読み返そうとした経文をやめて、 はげ頭を傾けながら、時々こうつぶやく事があった。 愛すべきサトシは、そういう時になると、 必ずぼんやり、そばに掛けた像の画を眺めながら、 鼻の長かった四五日前の事を思い出して、 「今では成り下がってしまった人が、栄えていた昔を懐かしむように」 ふさぎこんでしまうのである。 −−−サトシには、残念ながらこの問いに答えを与える「明かり」が欠けていた。
 −−−人間の心に矛盾した二つの感情がある。 もちろん、だれでも他人の不幸に同情しない者はない。 ところがその人がその不幸をどうにか切り抜ける事が出来ると、 今度はこっちでなんとなく物足りないような気持ちがする。 少し誇張して言えば、もう一度その人を、同じ不幸におとし入れてみたいような気にさえなる。 そうしていつの間にか、消極的であるが、ある敵意をその人に対して抱くような事になる。 −−−サトシが、理由を知らないながらも、 なんとなく不快に思ったのは、池の尾の僧侶や一般人の態度に、 この傍観者の利己主義をそれとなく感じたからにほかならない。


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