そこでサトシは日毎に機嫌が悪くなった。
二言目には、誰でも意地悪く叱り付ける。
しまいには鼻の療治をしたあの弟子の僧でさえ、
「サトシは法慳貪《ほうけんどん》の罪を受けるぞ」と陰口をきくほどになった。
特にサトシを怒らせたのは、例のイタズラな雑用の少年である。
ある日、やかましいほど犬のほえる声がするので、
サトシが何気なく外へ出て見ると、
少年は、30センチくらいの木片をふりまわして、
毛の長い、痩せた尨犬(むくいぬ)を追い回している。
それもただ、追い回しているのではない。
「鼻を打たれたくないだろ。そら、鼻を打たれたくないだろ」
とはやし立てながら、追い回しているのである。
サトシは、少年の手からその木片をひったくって、強くその顔を打った。
木片は以前の鼻を持ち上げた木だったのである。 サトシは下手に、鼻が短くなったのが、返って恨めしくなった。 するとある夜の事である。 日が暮れてから急に風が吹いたようで、 塔の風鈴の鳴る音が、うるさいほど床に聞こえてきた。 その上、寒さもめっきり加わったので、年をとったサトシは寝つこうとしても寝つけない。 そこで床の中でまじまじしていると、ふと鼻がいつになく、むず痒いのに気がついた。 手をあててみると少し水気が来たようにむくんでいる。 どうやらそこだけ、熱さえもあるらしい。 −−−「無理に短くした事で、病気になったかもしれない。」 サトシは、仏前に香花を供えるような礼儀正しい手つきで、 鼻を押さえながら、こうつぶやいた。 |