BGMはtaitai studioさんよりお借りしています。





走れサトシ



 ふと耳に、せんせんと、水の流れる音が聞えた。そっと頭を持ち上げ、息を呑んで耳をすました。すぐ足もとで、水が流れているらしい。 よろよろ起き上って、見ると、岩の裂目からこんこんと、何か小さく囁(ささや)きながら清水が湧き出ているのである。 その泉に吸い込まれるようにサトシは身をかがめた。水を両手ですくって、一くち飲んだ。ほうと長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。 歩ける。行こう。肉体の疲労回復と共に、わずかながら希望がうまれた。義務遂行の希望である。わが身を殺して、名誉を守る希望である。 斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。日没までには、まだ時間がある。私を、待っている人がいるのだ。 少しも疑わず、静かに期待してくれている人がいるのだ。私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。 死んでお詫び、などと気のいい事は言っていられない。私は、信頼に報いなければならない。いまはただその一事だ。走れ! サトシ。


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